山本善心の週刊「木曜コラム」  今週のテーマ     「いのちを守りたい」演説に潜む危機

2010年02月04日

鳩山由紀夫首相は1月29日、就任後初の施政方針演説を衆参両院本会議で行った。演説冒頭から「いのちを守りたい。…生まれてくるいのち、そして、育ちゆくいのちを守りたい」…以下、演説全体が“いのち”のオンパレードであった。

さらに、目指すべき日本の在り方では、インドのガンジー師の慰霊碑に刻まれた「七つの社会的大罪」を取り上げ、「理念なき政治」「労働なき富」「良心なき快楽」「人格なき教育」「道徳なき商業」「人間性なき科学」「犠牲なき宗教」を引用した。これは80年前に記された文言だが、今日の悩める世界の実態を言い表すもので鳩山氏ならではの苦肉の策と言えそうだ。

筆者は鳩山演説の全文を拝読したが、全体が詩的な表現にあふれ、理想主義的な姿が浮かび上がる。しかし、国民の生命と財産を守ることは国家の当然の使命であり、今さら演説で強調するものでもない。それよりも鳩山首相が24回にわたって「いのち」という言葉に強いこだわりを示した以上、より具体的な政策を国民の前に示すべきではないだろうか。

ばら撒き政治は猿の餌付けだ

鳩山首相の施政方針演説は一言でいうと“きれいごとの羅列”であり、内外に山積する重要な課題に対する突っ込んだ説明はなかった。美しい言葉で「いのちを大切にしよう」と繰り返すよりも、政治は現実を語らねばならない。国民は厳しい経済状況を実感しつつ、鳩山政権が景気回復政策と自国安全政策をいかに実行するかに視線を注いでいる。鳩山首相は問題の本質を文化論にすり替えてはならない。

いま民主党政治は中小零細企業を放置して有権者の掘り起こしのために子供手当や高速道路の無償化などばら撒き政治を行おうとしている。これでは人のいのちを守るどころか、猿の餌付けを行うに等しい。

景気の谷底

経済を再生するにはまず中小企業政策を優先し、新産業の創出と産業振興に予算を振り向けるべきだ。そうすれば雇用と消費が増大して税収が増える。

製造業の生産が落ち込み、中小企業が不振に喘ぐ中、鳩山政権の行おうとしている政策は子供手当や高速道路無償化など場当たり的だ。また、一時は340兆円あった銀行の貸出しが今では130兆円にまで落ち込んでいると聞く。このまま中小企業の不振を放置すると、失業率の悪化とデフレがさらに家計を直撃しよう。

デフレからの脱却が見られず、企業にカネが回らない以上、雇用所得は悪化し、消費マインドが冷え込むというさらなる悪循環が読み取れよう。景気が歴史的低水準にある中、鳩山演説は内容が希薄であり、言葉の軽さだけが浮き足立っていまいか。

好調の韓国経済

一方、隣国の韓国や台湾は景気上昇気流にある。先日韓国の古い友人であるK教授から近いうち日本に行くとの電話があった。その折韓国経済について尋ねると、「李明博大統領になって世界第9位の貿易輸出国となり、経済は元気になった。雇用も増大し、造船や情報技術が好調で、今年は5%前後の経済成長率が見込まれる」とのことであった。

2年前、李政権が左派勢力のデモにより最大のピンチに陥った時期があった。弊誌「韓国左派勢力のデモ」(191号08.7.24)でも取り上げたが、これは米国産牛肉の輸入問題に名を借りた李政権打倒デモであった。しかし筆者が当時指摘したとおり、李大統領の指導力により韓国は世界的金融危機からいち早く立ち直り、積極的な経済政策も推進している。また日本と強力なパートナーを構築したいと要望。李大統領は強いリーダーシップを発揮して国民
を誘導しつつある。

台湾の対中傾斜に懸念

いま、中国は台湾の馬英九総統と良好な関係にあるとみられている。中台関係は「先経済、後政治」で中台間の経済関係が順調に推移したことを受け、中国は、次は政治的・軍事的な協議に入りたいと要請している。馬総統は中台直行便の定期運航、中国人観光客の増大をはじめ、活発な経済交流を画策してきたが、これ以上の対中傾斜には安全保障と政治関係で協定を結ぶ中台統一への側面もあり、台湾人は懸念を抱いている。

馬総統に対する人気は下降傾向にある。昨年の台風8号の際の救援活動の無策が国民の批判を浴び、支持率が急降下したことが最大の要因だ。最近、馬総統は国内の不人気に気兼ねして対中関係には消極的だ。しかし、対中寄りの経済政策は批判されてはきたが、台湾の好景気に寄与したのは確かだ。加えて米国向けの輸出も増大している。台北市内の歓楽街はバブルを思わせる賑わいを見せている。

さらに馬氏は日本を良きパートナーだと言い、民主・自民議員との接触に積極的である。

中国脅威論

韓国と台湾の経済は回復軌道に乗りつつある。また、中国政府の思いきった財政出動により雇用創出が活発化するのに伴い、台湾産業が恩恵を蒙る頻度が高くなることが予想される。今後中国は他国の公共工事に出資したいとの要請が日本の関係筋にもなされている。ただし、中国人労働者を使うこと、その投資資金は人民元であることが条件だ。

中国政府は赤字国債による財政出動であらゆる手段を用いて中国経済の下支えを行っている。中国経済を維持、発展させる中核としての軍拡と強硬外交に各国が懸念を抱いている。東南アジア諸国は中国がリーダーシップを取るのを決して歓迎しているわけではない。

かつての戦争で、日本軍は欧米列強に対する軍事拠点として東南アジア諸国に進駐した。各国の近代化のためにインフラや教育、産業振興を施し歓迎されたものである。しかし、アジア各国は中国のルールなき無法ジャングル地帯に懸念を持ち、米国がアジアの安全保障を担うべきだとの要請が強い。鳩山首相の米国抜き東アジア共同体構想がアジア諸国の反発を受けたのはこうした現実的な要請によるものだ。

日本の弱体化

日米同盟の危機は東南アジア諸国が何より注目し、懸念している。当面の難問は米軍普天間飛行場の移設問題だ。中国の軍事力拡大に伴い、アジア各国はこの行方次第でアジアが不安定になることを深刻に受け止めている。

台湾や韓国の友人たちからまず聞かれるのは、普天間移設と日米関係である。鳩山首相は韓国の李大統領に「米国に依存し過ぎていた」と語り、ひんしゅくを買ったが、これはわが国が自立してから発言すべきものである。憲法改正や核保有の議論すらできない国内事情の中で日米対等を語る資格はない。「世界や地球のいのちを守りたい」より、まずわが国民の生命を守る政策の整備が先ではなかろうか。

中国は建国60周年の軍事パレードでさらなる軍拡路線を強調している。周辺諸国への威圧感を与えることが自らの国益につながると考えているからだ。それには“日米間の離反が最重要課題だ。鳩山外交は中国の意向に沿って日米同盟の弱体化と対米追従からの脱却に舵を切り始めたと米国軍事筋はみている。

いのちを守る政策が先

中国にとって揺らぐ日米同盟関係は大歓迎だ。しかし、米国としては沖縄がアジア最大の軍事拠点であり、沖縄がダメになれば米軍は東アジアでの大きな権益を損なうことになる。軍備増強が東アジアの抑止力となり、今後オバマ政権は東アジアの軍事拠点として台湾の軍備増強に力を注ぎ、兵器売却を加速させよう。これまで米国は台湾を対中交渉の材料の一つと考えてきたが、今後は自由と民主主義を共有する同盟国家としての存在を鮮明にしよう。

オバマ米政権はまず台湾への地対空誘導弾パトリオット3の売却を決定。さらに新型F16戦闘機の売却も今後視野に入るだろう。これまでオバマ政権は中国重視とみられてきたが、日本側の鳩山反米リベラル政権の登場で米国は台湾を重視せざるを得ず、台湾に急接近し始めた。

今や、鳩山政権は過去最低の経済状況から脱出できず、しかも国民のいのちを守る安全保障面でも不安定要因をつくり出そうとしている。民主党の実力者である小沢幹事長は次なる参院選に勝つためには何でもありで今は “政治とカネ”の渦中にある。

首相が「いのちを守りたい」と言うのなら、わが国の何を具体的に守りたいのか、現実的な政策を示すべきではなかろうか。今わが国の政治状況をみて鳩山政権は困難にあえぐ危険な方向に走り出したと言わず、何と言おう。