台湾の富士康(フォックスコン)は、米アップル社のiPhoneやiPadをはじめ、世界の名だたるメーカーの携帯電話やパソコンなどの製造を請け負う同国最大の電子機器メーカーである。中国の広東省深センを中心に中国全土に80万人、台湾国内でも1万人の従業員を擁する。今年1月以降同社深セン工場では過酷な労働を苦に13人もの自殺者が出た。
相次ぐ自殺者が社会問題化したことに危機感を抱いた富士康は大幅な賃金増を約束。これを機に労働環境の改善、賃金アップを求め労働者が広東省のみならず、上海市、江蘇省など中国沿海都市全域まで待遇改善の要求が広がりを見せている。中国には労組が存在せず、労働者による個々の要求が活発だ。
これらの背景には、中国全土での労働者不足が著しく、労働者らが企業の足元を見て賃上げ交渉を始めたことにある。中国メディアは労働者不足は250万人前後にのぼると報じ、今では各企業は出稼ぎ労働者の“待ち伏せ”スカウトまで行い、労働者の引き抜き合戦も熾烈を極めているという。
中国労働者の意識変化
いまや中国では「労働者が職を求める時代」から「企業が労働者を求める時代」に変わりつつある。中国労働者の職場と生活環境は大きく変化しようとしている。
これまで中国経済の発展は低賃金の労働者による忍耐と犠牲の上に成り立っていた。しかし、労働者不足の変化で「世界の工場」は次なるステージに向かいつつある。これまでの輸出主導から内需拡大へ、中国経済は生産から生活重視に転換しようとしているのだ。
生産拠点の本土回帰で好調な台湾経済
筆者の友人である台湾企業経営者の朱さんは、いち早く中国から撤退して生産工場を台北、台中に回帰した。これまで台湾では中国の工場移転によって産業の空洞化と失業問題に悩まされてきたが、製造業の台湾回帰は台湾経済の活性化と雇用の確保、ひいては消費の拡大、税収の増大など好循環現象が見込まれている。
朱さんの意見によると、中国労働者の賃上げは台湾経済に有利に働くと考えている。台湾政府は港湾周辺を中心に工業特区を設け、逆にフィリピンなど低賃金の外国人労働者を雇用する考えだ。さらに経済特区ではあらゆる台湾産業に優遇措置をとり、企業の景気回復を促進しようとしている。
台湾の大企業は中国国内に拠点を残しているが、多くの中小企業は生産拠点を3、4年前からより賃金の安い、ベトナム、カンボジアに移転する動きが顕著だ。中国の労働市場ではいま着実に異変が起こり、中国への進出企業は「チャイナリスク」に敏感に対応し、変化に適応した生き残り策が求められている。
中国の変化は世界に波及
中国のコスト上昇、労働争議、風評被害は深刻である。これからも「チャイナリスク」は避けては通れない。中国はこれまでの「世界の工場」から世界の「巨大市場」に変容しつつある。中国との付き合い方も変わらざるを得まい。中国の変化はわが国経済や製造業の、末端に至るまで影響を与える時代を迎えている。
中国はグローバル化の波に乗り、海外からの資本と技術が流れ込み、鉄鋼、造船、テレビ、エアコン、素材、部品、家電は生産量世界一に成長した。自動車の分野も間もなく仲間入りを果たすであろう。それと共に、中国政府は工場労働者の待遇を改善すべきだと考え、賃上げ騒動には黙認を決め込んで来た。
中国の元高は通貨の購買力を増大させ、国内消費を拡大させるなど、経済の活性化が狙いとの見方もある。人民元が国際通貨を狙うなら、今から段階的な元相場を引き上げることで、効率の悪い企業を整理淘汰したいとの思いも強い。つまり、中国は為替相場を使って労働者待遇の「企業仕分け」や「体質改善」に取りかかるべきだというのが温家宝首相らの意向だ。
世界第三位に躍進した台湾の情報製品
過日、久しぶりに秋葉原に立ち寄り、買い物客の大半が中国人を中心にアジア人が多いのに驚いた。中国人は日本製品を大量に買い込んでいる。しかし店に並んでいる商品が中国で生産された台湾製品も多々あると聞きアジアは1つとの感を強くする。つまり、台湾製品が日本市場に大量に出回っているとの印象を強く受けた。
1997年に台湾の情報製品の生産高は米国、日本に次いで台湾が世界第三位になったと記憶している。台湾の情報製品はわが国の部品、素材、電子機器への依存が強く、いまだに対日貿易赤字を抱えている。台湾ではこれらの貿易赤字を是正するためコンピューターの製品化で逆輸出を行って来た。
台湾は将来をハイテクに賭け、1980年代からターミナルとモニターの代理生産をはじめ、パソコンの生産に入った。今日のコンピューター産業をはじめとする情報産業の開花は電子部品の生産から始まり、着実な段階を経て、いまやコンピューター生産を行うまでに成長している。
日本の技術と台湾の生産能力の協力が鍵
台湾企業は安価な生産コストを武器に、生産能力を高め、ハイテク化し、わが国以上に優秀な市場に成長しつつある。それゆえ、半導体をはじめとして日本から台湾への投資や技術移転も急激に増えて来た。日本と台湾は情報産業の製品づくりで第一パーツの生産やコスト削減を効率化させるため台湾に生産移転している。
台湾は日本のよいところをたくさん吸収して高度な企業システムを構築して来た。富士康の場合、1つは八十万人規模の中国人労働者に対する管理能力の高さ。2つ目は大量生産ができる生産規模を持つ。わが国企業はある部分では台湾の高い能力に期待することができるが、わが国は中国大陸の労働力と台湾企業のスケールには勝てない。
グローバル化の中で、21世紀のわが国製造業は台湾を良きパートナーとしてそれぞれの強みを生かした提携が必要だ。今後、わが国の生き残る道は品質の良さ、センス、仕事の効率、長い経験によるノウハウである。しかしわが国の人件費は高く、製品のコスト高は台湾の安いコストに注力すべきではないか。日本と台湾は親日親台関係にあり、グローバル化に適応する良きパートナーに他ならない。
中台間の経済一体化への懸念
中国を中心とする東アジア情勢はこの先さらなる発展が見込まれているが、ハプニング的事態に遭遇することもあろう。馬英九政権は中国寄りに傾き、中国という一輪車に乗り込もうと必死だ。台湾の外交政策の優先順位はまず中国ありきで、米国と日本はその次だ。台湾はいまや政治的に常に中国の顔色を窺い、経済的にも中国にどっぷりのめり込んでいる。
6月29日、中国南西部の重慶で「中国と台湾間の自由貿易協定(FTA)」に相当する経済協力枠組み機構(ECFA)が調印された。発行後、中台貿易額は年間1千億ドル(約8兆8千億円)に拡大する見通しで、中台間は経済一体化に向けてさらに加速することは必至だ。
これまで輸出の40%は中国に依存する台湾であるが、ECFA締結後は、関税撤廃により台湾経済は一時的に優位となろう。それゆえ馬政権は、ECFAは台湾経済にさらなる繁栄をもたらすと喧伝している。しかし、野党民進党らは、温家宝首相ら中国首脳がECFAで台湾に利益を与え、次は政治的攘夷を要求すると警戒している。中国市場でものづくりの拠点を持つ台湾の存在はわが国にとって良きパートナーであり、今後の東アジア戦略の先導役ともなるだけに目を離せない。
よみがえる日本の伝統文化
これまで日台両国は中国の世界の工場に深くのめり込んで来たが、中国でのものづくりが人件費の高騰で他国への移転を余儀なくされよう。しかしながら中国の需要拡大策は巨大な市場を誕生させることになる。これは、日台両国にとって一つの良ききっかけとなるが、中国との付き合いと共に第三国とのビジネスの在り方を追求する良きチャンスといえよう。
台湾は中国に80%の投資を行っているが、行き過ぎは調整すべきである。すでに述べたとおり、これからの日本の製造業は日本の伝統文化、精神性を複合するセンスある商品づくりにかかっていよう。アジア諸国の富裕層は日本のセンスが大好きで、本心では日本人に対する質の高い道徳性を尊敬している。たとえば日本への観光も大和民族の伝統と文化に夢とロマンを感じるからに他ならない。
台湾はアジアの中国語圏であり、中国市場にも大きな影響力を持つ。台湾の情報・電子産業は資金が潤沢で日本とのパートナーシップを強く求めている。わが国のセンスと技術に加え、低コストの台湾には共通の利害がある。アジアを中心とする21世紀のグローバル化は、わが国が台湾と良きパートナーを組み、重要な関係を構築すべきではなかろうか
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次回は8月5日(木)