山本善心の週刊「木曜コラム」 今週のテーマ     「日台アジア会議」と李登輝起訴の現状

2011年07月21日

7月17日から3日間、弊会主催の「日台アジア会議」のため、企業経営者一行60余名が訪台した。今回は「東アジアの未来と日台連携」とのテーマで講演会や商談会が行われた。

これまで、東アジア経済は中国が独り勝ちしてきたが、日台経済は中国景気の恩恵を受けてきた。しかしここにきて、中国経済のかげりが見え始め、それに代わる新市場として東アジア諸国が注目されている。東アジア各国に大きな影響力を持つ台湾や中国華僑との連携に注目が集まってきた。

東アジアとのビジネスチャンスを構築するには「自由と民主主義、法治と人権」の価値観を共有する台湾企業との連携が重要だ。これまでわが国の中小企業の大勢が中国市場で失敗してきたのは、相手国の民族性と習慣、ビジネスルールをよく理解していないためだ。台湾人のビジネススタイルは7割が日本人式だが、3割は中国人式との見方がある。それゆえ、まず台湾を知り、台湾人の長所・短所など本質を理解することだ。当会議では日台ビジネスを完璧に進めるため、「日台アジア会議」進出の相談室(担当宇田川敬介)を準備中だ。

「日台アジア会議」の収穫

我々一行は、17日台北桃園空港に到着後、台湾最大の発行部数を誇る新聞社「自由時報」の呉阿明董事長(会長)を訪問した。当日は日曜日であったにもかかわらず呉董事長は、我々のために本社14Fの編集室フロアを開放し、約1時間にわたって「台湾統治時代の日本人」というタイトルでお話しいただいた。

呉氏は当年88歳という高齢で小柄であるにもかかわらず、足腰も丈夫で、我々は氏の素早いスピードに付いていくのがやっとであった。しかも頭脳明晰、記憶力は鮮明で、聞く者を唸らせた。呉氏は新聞社の責任ある立場として公平な見方、考え方には定評があり、台湾人読者に人気のある所以である。昔の日本人は武士道精神を重んじ、世界から称賛されたが、品格ある呉氏の振る舞いは古き良き日本人の名残だ。

この日の朝、呉氏の奥様は「洋服、ワイシャツ、靴下をきちんと整えて私を送り出してくれた」と述べられた。妻が夫に従順であるのは戦前の習慣であり、美徳である。現今、わが国の夫婦を見るとそんな夫婦がいなくなった。日本人の倫理、道徳の原点は日本時代に生きた台湾人にその日本人精神を見ることが出来た。

夜はアジア一の新高層ビル、台北101の86階にあるレストランで行われた。このお店は観光客向けで晝食会には良いが、皆さんから期待はずれとの声に反省しきり。

翌18日9時から「日台アジア会議」商談会が晶華酒店(リージェントホテル)で開催された。講師は元台湾第一商業銀行の黄天麟氏で、「日本経済とアジア経済の意義」と題して今後の東アジア経済圏への期待を切々と語られた。商談会では日台の企業家が壇上に立ち、意見交換が行われた。

李登輝氏起訴の背景は「棄馬保台」で結束する野党潰しだ

午後3時から李登輝元総統の特別講演会に出席するため、淡水にある台湾総合研究院に向かった。李氏は満面の笑みで「よく来てくれましたね」と我々一行を歓迎してくれた。間もなく90歳を迎えられるにもかかわらず凄い迫力と内容のあるスピーチに参加者一同は感動したが、1時間の予定があっという間に2時間を越えた。講演内容は一部を抜粋して次回から当コラムでご紹介していきたいと思う。

さて、6月30日、台湾最高検は李氏を総統在任中に公金横領に関与したとして起訴した。これは「1994年、当時外交関係のあった南アフリカの政権党に1050万ドルを提供することを決め、外交部(外務省)の予算がなかったため、国家安全局に立て替えさせた。その後、外交部から返された金のうち779万ドルを李氏の元側近、劉泰英(75歳)が流用、自ら院長を務める台湾総合研究院の不動産購入に充てた」(朝日新聞朝刊、7月1日付)とされ、李氏は共謀の疑いがあるとしている。

今台湾は来年1月の台湾総統選をめぐって両陣営で熾烈な戦いが繰り広げられている。李氏は前回の総統選で陳水扁支持を鮮明にしなかったが、今回は、民進党の蔡英文候補を支持すると表明した。李氏の支援は民進党の追い風となり、独立系をはじめ、台湾全土の李登輝票が大きな力となる。

これは政権与党の馬英九総統にとっては大きなショックである。いま支持率で馬氏は劣勢に立たされている。ここで挽回する窮余の一策が李登輝起訴だ。

この事件は2003年、国家安全局の元会計長が起訴されたが、法廷で無罪が確定した事件である。これを台湾の選挙前に持ち出したのは、民主党の代表選で検察が使った小沢起訴と同じ手口を台湾国民党の策士が真似たとの声もある。小沢起訴で小沢氏は民主党代表選で敗北した。つまり、政治的意図で動くなら検察は非民主的な、ファッショ政治の始まりであり、民主化の破壊だ。

李氏は「棄馬保台」(中国傾斜の馬氏を捨てて台湾を守れ)と今回選挙で訴えていた。これが台湾住民に広がりを見せ始め、有権者に影響を与えている。国民党はここで李氏らを潰さないと今後選挙戦の大きな障害になると考えた。

検察当局が起訴した10日前、元台湾検察庁長官の黄世銘氏が北京から帰ってきた。これは北京関係者と相談したと見られる。その後の李氏起訴であるから、台湾住民は北京と国民党が組んだ李登輝潰しと見ている。

元李登輝政権の閣僚であった黄石城氏(国務大臣)は、「李総統は清廉潔白が信条なので、李内閣は金に不自由しない人を選んでいた」と15年前筆者に語ったことがある。とにかく李氏は公私の区別に厳しく、 “政治とカネ”にはことのほか神経を使っていた。わが国では小沢一郎も清廉潔白であり、小沢起訴は2度も無罪になっている。小沢起訴は何度やっても事実と根拠が出てこないので、結局無罪になるしかない。それなら小沢起訴は何だったのか。

李登輝氏と小沢一郎氏の決定的な違い

小沢氏と李氏の違いは、小沢氏が自らが潔白であるという明確な主張を行っていないことだ。「これは小沢潰しの霞ヶ関、菅勢力にとって好都合だ」。小沢氏は検察の権力乱用を世論に問うべきであった。“男は黙って勝負する”は政治の世界では通用しまい。小沢氏が潔白であるという主張はいくらでもできたはずだ。自らの正当な手段を放棄した小沢氏の正体は田舎の大根役者とみられても仕方ない。

小沢氏と違って李氏は決然と言い放った。「私は90歳。死さえ怖くない。どんな圧力も李登輝を恐れさせることはできない!」「私は司法の独立を守るため、公正正義の司法を確立することに努力してきた。これは民主体制の長期発展を期待できるからだ」。民主化台湾の存続は台湾人民の命綱だ。

李氏はあらゆる場を通して、自らの潔白と台湾司法の独立、台湾民主化を訴え続けた。台湾国民は「李登輝起訴は検察の作文だ。李登輝を守ろう」との声が台湾人民の中にうねりのように渦巻いている。国民党内でさえ、証拠もないのに李氏を起訴していいのかとの声が強い。朝日新聞は今回のことで「野党へのマイナスイメージを広める可能性もあるが、野党陣営の団結効果もあると記している」。しかし、李氏の反発でマイナス変じてプラスとなっている。

個人と国家の関係は「全体と個」で捉えるべき

東日本大震災の被災者支援のために台湾から送られた義援金は、政府、民間あわせて現時点で約200億円を越えている。これは世界最大級の支援であり、いかに台湾が親日的であるかを物語っている。菅首相は台湾の李登輝元総統を「世界で最も尊敬する人物の一人」と著書に記している。

李氏は国家・組織の命運は指導者の国家観にあると説いている。ところが菅首相は東日本大震災の処理、行革、外交、経済を放置してきたのは、国家観がないからだ。菅首相の考え方は、個の確立があれば国家はいらないという考えだ。菅首相はかつて「国家があるから他国が攻めてくる。国がなければ誰も攻めてこない」と自著で述べている。「愛国心」「忠義心」を否定する反国家主義、反日家が国家のリーダーになったのはわが国民不幸の始まりであり、世界の七不思議だ。

菅首相に尊敬される李登輝氏は「個がなくては全体が成り立たない。全体があれば個は存在しうる」としている。リーダーは国民に「愛国心」「忠義心」の心を求め育むことが重要だと説いている。個人と国家の関係は、基本的に「全体と個」という観点で捉えるべきであるが、これが世界の基本認識ではなかろうか。「日台アジア会議」が幕を開けた。今回の訪台によって、日台基軸の流れをつくりたい。日台経済圏は、中国経済圏から脱し、台湾や東アジア諸国との連携の始まりとしたい。それを実現できるか否かは日台企業家がいかに約束を守り、信義を重んじるかにある。

次回は7月28日(木)です。