日台アジア会議第2日目は、黄天麟・元台湾総統府国策顧問/元第一銀行会長が、「日台経済連帯とアジア経済の意義」と題して講演した。短い時間ながら、経済の本質をズバリ衝いた講演内容に参加者一同は感銘を受けた。講演と白熱した質疑応答の模様を一部採録する。
〔講演 /黄天麟 氏〕
アジアのフォー・ドラゴン台湾の問題
日本―台湾間の貿易関係はこの16年もの間あまり変わっていない。輸出入のマーケット・シェアでいえば、どちらも少し縮小している。最近台湾経済はよいともいえず、失われた十年の真っ最中にあるといえよう。株価は経済のショーウインドーと言われている。しかし過去20年間台湾の株式市場は余り芳しくない。僅か91パーセントの伸びに止まっている。
しかし過去の台湾経済は暗いのかといえばそうでもない。1970年代の年間平均経済成長は10.2%で、アジアの他の国に比べて高く、80年代は8.2%と高成長で推移。90年代に若干成長率が鈍化し、2000年代では3%に落ち込んだ。一方、日本はこの20年、失われた20年といわれるほどまったく経済が成長していない。株価は1990年代から58%減少した。しかし韓国、香港が著しい経済成長を見せた。株価もそれぞれ201%、590%も上がっている。韓国、香港、シンガポール、台湾は「フォー・ドラゴン(四小竜)」と称されるが、過去十年は台湾の経済成長が一番悪い。何故でしょうか。それは台湾が中国という大国に周辺化されたからである。周辺化とは、比較的小さい経済体が大きい経済体との交流過程において小さい経済体の資金、人材、技術等が大きい経済体に引き取られ、成長が遅れ遂に経済・政治・文化の面の影響が薄れ、周辺の地位に甘んじる過程を言う。
中国の台頭で日台経済は失速
中国は台湾の267倍、日本の25倍の面積を持ち、台湾の57倍、日本の10倍の人口を抱える。澎湖島(ぼうことう)には15万人の人口がいたがいまは5万人の人口になった。台湾に吸われたからだ。同じことがアジアの中で起ころうとしている。一番周辺化される恐れがあるのは言葉が同じ台湾だ。交通が便利になるほど周辺化の速度は進み、資金、人材、技術が中国に引き込まれる。現在、過去十年台湾企業は早く中国に進出して市場を開拓して利益を得ようと躍起になっている。台湾企業の51%が生産拠点を中国に置き、台湾に残っているのは半分にも満たない。これでは台湾経済が伸びるはずがない。その為台湾人の給与はこの10年間、増えるどころかむしろ下がっている。周辺化の現象である。
日本は中国との往来が台湾ほど密ではなく、言葉も違うので周辺化の恐れは比較的少ないが、他の国と比べてこの20年間まったく経済成長していない。では日本の問題はどこにあるのでしょう。問題はバブルにあるとよく日本の評論家が言いますがバブルが原因なら5年程度で解決できたはずです。絶対にバブルではない。
日本失速の要因は円高だ
1979年に「ジャパン・アズ・ナンバー1」といわれた日本が失速した原因はバブルでも構造問題でもない。もしもこの世界が欧米だけと日本というなら日本は円高でも問題はない。ところが、問題は1990年以降、13億の人口と膨大なる労働力を持つ中国が為替、人民元を人為的に落とし世界の工場として君臨してきたことだ。その為台湾の製造業の成長はすべて中国に吸収されてしまったのみならず日本もその影響を受けました。利益と為替レートは一国の政府が経済を握る二つの利器と呼ばれている。その中で為替レートは特に有効です。ところが日本は為替レートの利器を自ら放棄したのです。
実際、現在韓国の景気がいいのは為替レートが原因だ。中国元の切り下げ(注=中国元は1980年から1994年の間に1.5対1ドルから8.7対1ドルに切り下げた)によって中国経済がよくなったと知った韓国はウォンを下げる機会を狙ってきました。そして1997年東南アジアの危機に際して一気に884ウォン(1997.6.3)から1695ウォン対1ドルに下げたのです(1997.12.31)。1997年以降の10数年間に韓国はソニー、パナソニックを打ち負かし、世界のサムソン、LG電子になったのは周知のとおり。一方、金融危機にレートの切り下げをしなかった日台経済はその罰を受けることになりました。
世界経済・貿易不均衡の原因は中国
1997年の東南亜金融危機、2008年の「金融津波」もですが、元を質せば世界の貿易の不均衡で巻き起こしたものです。そして世界的貿易不均衡の元凶は自由為替市場の規則を守らない中国にある。勿論為替レートを切り落とし自国の輸出を促す国も他にありますが、今までは小さい経済体である為、世界に対する衝撃は大したことではない。ところが13億の大経済体中国は違います。過小評価された中国元による世界経済の不均衡は実は今回の金融津波の原因の一つでもあります。
日本にとって円高になることは必ずしも悪いというわけではない。徐々に円高になることは悪くない。
日本企業は年3%の切り上げで対応することができる。ところがそれを越すと問題がでてくる。かつて円が1ドル117円から一気に97円になったとき、トヨタもそれまでの超黒字企業から8000億円の赤字に転落した。いまでは円高がさらに進み、81円にもなっており(7月現在)、こうなると殆どの日本企業は成り立たなくなる。
元を切り上げない中国
一方、中国だが、1996年から切り上げるべきだ。しかし中国政府は政策的にそれを押さえている。もし年3%切り上げを続行すれば今のレートは5.2元対1ドルであるべきだ。ところが現在元レートは6.4対1ドルで約22%の過小評価となる。それではどの国も太刀打ちできない状態だ。
アメリカは為替レートの重要性をよく知っている。だから、1985年のプラザ合意で日本円の切り上げを迫り、アメリカの経済を救った。アメリカはクリントン政権時代(1990年~2000年)景気がよかった。それは日本を犠牲にしての好景気だった。今度は米国は中国に切り上げしろと要請しているが、中国は日本ではない、急速な元の切り上げに応じる気配はない。中国は過去何年か年3%の切り上げを行ってきた。このペースでいけば中国は毎年8~9%の経済成長を続けることができる。
切り上げに抵抗する中国の目論みは
ここにいるみなさんは台湾と提携して早く中国に進出したいと思っておいででしょう。ところが歴史の教訓もひとつの鑑、要注意です。満州を見てみるとよくわかる。満州は中国を制覇したが満州族はなくなり、中国の一部になってしまった。過去5千年の歴史が語ります。中国の大きい経済体に入った国は全部なくなってしまう。五胡、鮮卑、匈奴、蒙古もこぞってなくなりました。
急がれる二極構造の構築
中国は韓国と日本も含めたASEANプラス3という考えを持っている。それは日本だろうが韓国だろうが、人口、土地から見て中国の周辺国で中国は中枢的地位に立ちアジアの覇権を握るのがその目論み。これをいかにして防ぐか。日本は速かに台湾、フィリピン、インドネシア、オーストラリアと手を組み、FTAを結んで日本を中枢とする経済ブロックを造るべきである。TPP(環太平洋貿易協定)に参加することも大切だ。TPPには9つの国が集まっている。日本も韓国もカナダも参加する意向を述べている。中国はまだ入っていない。これによって速やかに二極構造をつくらないと中国の一極構造になってしまう。
日本円は今のところおよそ1ドル100円くらいであれば企業は成り立つと思う。1ドル100円の水準は決して円高ではない。超円高の是正にすぎない。是正してこそ日本経済は復活できるのだ。
質問者:日本では東日本大震災が起き、原発問題も深刻だが、日本の10年後、20年後はどうなる。
黄氏:破壊もあれば建設もある。原子力発電をやめてほかのエネルギー発電になるのがいい方向だ。そして、日本経済がよくなる方法はたったひとつ、円高の是正だ。円を適当な価格に据え置くということだ。100円か103円くらいが妥当だ。日本銀行がそれを決心すれば日本経済は必ず盛り返す。大企業は日本国内に投資し、中小企業は日本に腰をすえることができると思う。
質問者:国内はどんどん円高になるために日本企業は国外に出ざるをえない。先生の見解をお伺いしたい。
円高を是正すれば日本経済は絶対に立ち直る!
黄氏:日本政府やマスコミはよく日本だけでは円高を抑えることができないと言う。問題はなぜ中国はできてるのに日本はできないか。為替を市場に任せることを確約していると言うが世界の市場がすべて自由ならいい。ところが中国はそうではない。日本だけが自由市場を唱えると円高は必ず日本経済を殺す。今の日本は円高阻止は非常に簡単です。要するに日本銀行がドルを買えばよい。買い続けることだ。中途半端ではむしろ逆効果です。いま中国はまさにドル買いをしている。どうして日本銀行はそれをしないのか。買えば為替準備が増える。増えるのも悪くない。中国の外貨はすでに3兆ドルを超している。円がでると、日本の中に円が散らばる。日本はこの10年間デフレが続いている。それを是正するには円をばらまけばいいのになぜやらないのか。ドルを買って円を出せばデフレはなくなるし、日本の外貨準備が増え、世界での立場も強くなる。中国の為替準備の大部分は米国債で、強くなった中国をアメリカも恐れている。問題は日本の政治家の愛国心にある。いまはゼロ金利だし、日本銀行は金利負担もなくインフレも心配する必要がない。日本がもっとドルを買えばアメリカはむしろ日本を恐れて日米同盟を強くしようということになるはずだ。日銀はなぜ円高を放置するのか。日本の企業を滅ぼそうとしているのか、まったく世界の七不思議の一つだ。
次回は9月1日(木)です。