山本善心の週刊「木曜コラム」 今週のテーマ     〈欲望共産主義〉中国の限界

2011年12月15日

筆者が尊敬する政治家の一人は台湾の李登輝元総統である。李氏の知識と見識に凝縮された政治力の結晶が今日に見る台湾の民主化である。戦後、台湾に逃げ延びた中国国民党というかつての侵略者が実権を持つに到った。李登輝氏は、台湾人の指揮官として民主化を果たしたのは、台湾の歴史に残る画期的な偉業だ。まさに台湾民族を侵略者から解放した救世主に他ならない。

一方、筆者は中国の胡錦濤主席は李登輝氏に近い偉大な指導者であると考えている。2年前に「日中友好協会」のパーティーで胡氏の演説を聞いたが、胡氏の見識と正義感が随所に滲み出る内容の深いものであった。それに比べてたとえ政治的意図があったにせよ、江沢民氏の傲慢な対日姿勢とは雲泥の違いである。胡錦濤氏の敵は汚職と腐敗にまみれ、カネに執着する高級官僚および軍の幹部たちである。

中国経済失墜が転機となるか

胡氏が在任中に最も頭を悩ませたのは、中央・地方を問わず党の指導的立場にいる者たちが個人の損得ばかりに執心することであった。それゆえ、中国社会で起きている矛盾や不公平、差別に対する人民の不満がとどまることがなく、今年も年間10万件前後の暴動が繰り返されている。

この10年来、胡氏は党中央をはじめ、機会あるごとに、中国が抱えるこれらの問題で地方幹部の汚職に注意や警告を発してきた、しかし、彼らはこうした警告を一切受け入れようとしていない。軍は党幹部と競って金儲けに余念がなく、中国が「欲望共産主義者」といわれる所以である。

中国の倫理、道徳をないがしろにした政治・社会体制は“人民の人民による人民のための政治”ではなく、官僚や軍の懐を肥やす権益体制に成り下がった。これまで、中国が軍備増強できたのは経済発展にあるが、ここにきてインフレと不動産下落、加えて金融バブルの崩壊に伴い経済成長率が急降下。「世界の工場」も倒産ラッシュで終焉を迎えつつある。中国経済の弱まりと共に、官僚組織と軍内部にもやがて大きな転換期がやってきた。

政治は人民のためにあらず

胡政権の最大目標は党幹部の腐敗、堕落を一掃することであった。胡錦濤氏は政治目標を「調和社会」と言い、格差社会から富の公平な分配社会を目指した。これには中国の長期的な安定と組織・システムの構築が不可欠だ。中国の政治改革は行政の改革であり、人民の生活を安定させることに他ならない。しかし、役人らは聞く耳を持たず、私利私欲に走り続けた。官僚、富裕層らは競って資金を外国の銀行に預け、子供たちを外国に分散させ、いつでも逃げられる準備を整えている。

中国五大危機の警告

企業であれ、国であれ、トップ指導者たるものは人民の平和と繁栄、安全を願う思いは皆同じである。しかし、党や軍の幹部が汚職の垂れ流しで腐敗しきっている現状では、中国社会が間もなく機能不全となり、やがて中国共産党の体制が制裁を受けることになろう。

たまりかねた胡錦濤氏は7月1日、中共結党90周年祝賀大会の席上、中国共産党の幹部に対して中国が「四つの危機」に直面していると警告した。 1)党の理念・理想・奮闘目標が喪失・破壊している2)党の建設目標が時代遅れで社会の発展や警告から遊離している 3)党が新たな情勢に際して堕落変質した特権階級を形成している 4)党と人民の関係が緊張・悪化し、団結力や宣伝力が喪失している。そして、さらに、5つ目の警告として、「党内の気風や社会の道徳が日増しに悪化し、団結力や宣伝力が喪失している」と付け加えた。党幹部らが社会的正義を理解し、適切な措置をとらないかぎり人民全体の爆発はそこまで来ていると胡氏は強調したのである。

中国の軍拡と経済成長の終焉

胡氏のみならず、温家宝国務院総理も徹底的な改革者である。胡氏と温家宝氏の関係は理念と政策、行動が一体とみてよい。温家宝氏の人物と思考の原点は、「人民を味方にすることが政治家の資本」を信条にしている。何か事故が起こると必ず温家宝氏が現地に飛び、人民を激励するのもうなずけよう。

温家宝氏は日本滞在中にはキャッチボールをしてみせるなど、微笑外交を展開し、わが国民に対する気遣いを見せた。これは国内向けの政治的パフォーマンスである。温氏は10月1日、中国共産党62周年の講演で「政治改革は民意であり、腐敗や賄賂で汚れた官僚が貧富を拡大させている」と強調したのも胡氏と同じく党幹部への戒めであった。

胡、温コンビは中国の現状を心底から憂えている。官僚の腐敗堕落と、軍備増強の行き過ぎは国内外に多くの敵をつくり、政権の首を絞めるに等しい。経済が「減速期」に入った今何もかもが停滞しよう。つまり、軍拡による人件費の増大は毎年中国政府の財政負担となり足を引っ張るカネ食い虫になろう。

温家宝の後釜は李克強

さらに温氏には別の心配がある。胡氏の腹心である李克強氏が自分の後釜になることだ。李氏は口先上手であるが、これまで具体的な政治的実績がなく、国務院総理としての能力に不安を感じている。現首相から見れば、自分の引退後はこれまでの実績を引き継いでくれる優れた人物に期待するものだ。

しかも、李克強氏は健康状態に問題があるとされている。政治家の健康問題は国家秘密であり、軽率に語るべき問題ではないが、既に中南海では李克強の身体問題は公然の事実となっている。伝えられるところによると、李氏の持病は血液病だと言われている。これは緊張したり疲労すると全身が汗だくになる症状だ。

専門筋からの情報によると、北京市にある李氏の病院では全国から血液の専門医が集まり、病状について検討されているという。これまであらゆる薬が投与され、李克強氏の執務室にはベッドが置かれ、万一に備えて専門医が駆けつける体制も整えられている。

今後、李克強は習近平氏とのコンビで中国14億人の政治指導者となる。しかし、温家宝氏の心中は、国務院内部で圧倒的な人気がある王岐山氏に継いでほしかったというのが本音だ。王氏は胡氏らと同じ太子党であり、来年64歳で李克強氏より7歳年上である。しかしながら、胡氏は李克強氏の後ろ盾となり、次は「習・李体制」だと宣言した。今後、彼らには党の前に立ちはだかる官僚の腐敗と人民解放軍との闘いが待っている。

中国指導者の後継者問題

韓国の全斗煥大統領時代、全氏は次期大統領候補にノ・テウ氏を考えていた。しかし、側近の知恵袋であるK・R氏は、ノ・テウ氏は実績も能力もない人物として反対だった。筆者はK・R氏の自宅でその思いを直接伺う機会があった。氏は自分たちがこれまで行ってきた路線を引き継いでくれる人物としてノ・テウ氏は適切な大統領ではないというわけだ。K・R氏のいうとおり、ノ・テウ氏の在任中は何の実績もない、蓄財だけの大統領だとの見方もある。

会社経営の後継者も同じだ。ライフ・コーポレーションの創業者である清水信次氏は数年前、後継者に当時30代の三菱商事社員を社長に抜擢した。社長に抜擢された岩崎高治氏は、その期待に応え、同社は来期年商5千億、5年後は1兆円企業になるとライフ50周年パーティーで宣言した。国も企業も指導者の選択は将来の明暗を決しよう。

大騒乱の鎮静に尖閣諸島を奪取か

胡錦濤主席の在任中、胡氏は役人の汚職と軍の暴走をコントロールできなかった。しかし、これは中国3000年の歴史に見る中国人の変わらぬ体質であるから誰がやっても同じだ。中国民族の持つカネと汚職の伝統を変えるのは猿を犬に変えるのと同じくらい難しいとされている。しかし、グローバル化で生き残る限り、ルールなき国の末路は孤立するしかない。中国は国内の政治体制や社会秩序を改善するなど普通の国に戻ることが求められよう。中国が国際社会で存続するには、世界に適応できる常識とルールを習得することであり、周辺諸国と仲良くしてもらうことだ。

次は習近平と李克強による「習・李体制」だ。習近平は「党が銃を指揮する」と言い、大軍区政治委員の人事異動にも着手している。習近平は解放軍人事に関して軍部をコントロールするために習近平人脈を軍の要職に就けていく方針だ。しかし、習近平の5年間は、共産党政権と十億人以上の貧困層とが対立する時代の始まりである。

ここ数年、人民の抗議デモは拡大し、警察署の襲撃事件は年間400件以上も起きた。浙江省の中小企業も今年6月までに10万社近くの倒産が伝えられている。習近平氏は国内外の難問を解決する手段として、尖閣諸島の侵略に焦点を絞るとの見方が出てきた。中国の習政権が人民の不満と軍の強行派を抑えるにはこれまでの漁船から海軍を出動させて尖閣に上陸するシナリオがあるかもしれない。しかし、そのような発想や外交は世界を敵に回すしかなく、時代遅れといえまいか。

次回は12月22日(木)