山本善心の週刊「木曜コラム」 今週のテーマ     自由市場創設で北朝鮮はどう変わるか

2010年11月04日

北朝鮮の金正日総書記は9月27日、後継者に金正恩(キム・ジョンウン)氏(28歳)を指名した。翌28日、44年ぶりに開催された朝鮮労働党代表者会議の席上、金正恩氏が初めて軍の「大将」として表舞台に登場。これら権力世襲と家族支配はまさに金王朝そのものであり、世界に類例のない特異な国家の存在をあらためて認識した。

 この金王朝の実態は、過去二世代にわたって飢餓と困窮を招き、人民を苦しめただけである。金日成初代主席は人民に「ご飯と肉のスープ」を与えると言ったが、三度の食事すらまともに与えることができなかった。北朝鮮は1990年代後半の大飢饉を経験しながら、自殺行為に等しいデノミ経済でさらなる失政をもたらしている。

 最近の情報によれば金王朝保持に必要な労働党員500万人には食糧を与え、残る人民1500万人には食糧配給を停止したらしい。数百万人の落ちこぼれはすでに餓死しつつある。こんな体制で国家としての体を成しているといえようか。食糧が与えられず、生命の限界をさまよう人民にとって残された道は“人民が人民による人民のための市場”をつくり、自らの力で生き残る道を見つけるしかなかった。

市民主導の市場勢力が登場

 今、北朝鮮では政府の配給に依存する者が25%、市場を通して生きる者はそれ以上に達するという。人民は食糧を確保するために経済の情報や知恵を出し合い、物資を持ち寄って食糧確保を模索し始めている。

 人民はこれら自由市場のおかげで、自分達で食糧を調達できる知恵を見つけつつあるようだ。この勢いはとどまるところを知らず、北の金体制を根本的にゆるがす存在になりつつある。

中朝の密接な関係

 金正日総書記らは昨年11月新紙幣改革を突如発表した。旧紙幣から新紙幣への交換であるが、ドルと交換できない新紙幣なら紙くず同然だ。しかも、新紙幣との交換にも制限が加えられたため、市場で成功した富裕層らに与えた打撃と損失は計り知れないと見られている。

 北朝鮮で新たに起こった市場ビジネスの成功者らは、新紙幣の交換という名の市場潰しを行う当局への怒りは収まらない。金正日氏に対する恨みと不満を募らせている一方、この事態に金政権はあらゆる圧力を加えているが、一度走り出した市場ビジネスの波を、止めることができようか。

 2008年2月の李明博政権誕生以来、韓国は北に対して強硬措置をとり、南北貿易は減少した。そのしわ寄せで中朝間貿易が急速に拡大し、北朝鮮市場が動き出した最大の要因だ。しかし、われわれが耳にする情報以上に中朝間の関係は複雑であり、中国筋によると北朝鮮のエネルギーも食糧も中国が握っているという。しかしながら、北の居丈高で傲慢な態度に中国は手を焼いている。

北代表が中国を威嚇

 北朝鮮の鉄鉱石や石炭の埋蔵量は東アジア最大といわれている。今後50年間にわたって中国企業が開発権を取得しており、食糧やエネルギーの援助、貿易も中国次第だ。しかし、北朝鮮の対中貿易は大幅赤字である。

 昨年の中朝貿易総額は前年対比41%増となり、27億9300万ドルで過去最高を記録した。対中貿易は全体の70%前後となり、そのうち食糧は35%前後を占めるものとみられている。

 北朝鮮関係筋によると、中朝間で行われた当局者会議で、中国との国境沿いの鴨緑江にある水力発電所の電力配分をめぐって北側が供給量を増やすよう求めたが、中国側が回答を渋ると、突如怒り狂った北代表が、中国側当局者に向かって「いい加減に妥協しないとあなたの国(鴨緑江)にミサイルをぶっぱなすぞ」と威嚇したという。中国側は北朝鮮の脅しや強硬姿勢に恐れおののき、ただ譲歩せざるを得ない事情もある。中朝関係は複雑怪奇だ。

金一族は馬賊団

 中朝間のトラブルは北朝鮮側から一方的に仕掛けられる場合が多く、中国側は事なかれ主義の姿勢を取ってきた。中国は北朝鮮の支配層らは「馬賊団」とみており、ゆすり、たかりの集団とみている。このような野蛮な国と付き合うには、まず感情的に抑制して問題の妥協と、先送りが得策だとは中国側の姿勢だ。

 関係筋によると中朝間の経済交流はトラブル続きで、中朝貿易に使われるトラックや鉄道貨車(推定2百50輌)が北朝鮮に渡ったまま戻ってこない。北朝鮮は国民総ぐるみで、「あなたの物はわたしの物」というスタンスで通用する泥棒国家である。しかし、中国としては「かと言って北朝鮮を怒らせるわけにはいかない」と困惑気味だ。

 中国は一党独裁国家であるが、北朝鮮は金日成、金正日と二代も続く筋金入りの「馬賊団」国家であるから手のつけようがない。北朝鮮は中国の弱みを十分計算したうえで脅しのテクニックを使ってくる。6か国協議ではふり廻されることが多く、中国側の思惑もあって北朝鮮を説得できないでいた。

北の暴走を認めざるを得ない中国

 北朝鮮は何をしでかすかわからない国だから、中国としても怒らせたり抗議することができない。むしろ金一族がこの貧しい人民を檻に入れて監視してくれていた方が都合が良いと考えていよう。最も恐ろしいことは、生活に困窮した難民が北朝鮮から中国に大量流入することであり、北朝鮮が西側に寝返るときだ。

 日米韓の援助を金政権が受け入れれば中国の国境は西側と接することになる。つまり、中朝国境が中国のコントロール下にあるうちは安全保障に問題はないが、中国から日米韓に北の比重が移れば、中国の安全保障上、最大の脅威となろう。わが国軍隊は韓国をはるかに上回る軍事力があっても、憲法9条で武器の使用はできないので有事には役立たない。韓国軍は、いまや東アジアで中国に次ぐ軍事大国である。

 中国にとって北朝鮮と国境を接することで安全保障面や経済面でも安全と繁栄が約束されている。つまり、中国にとってどのような高いコストを払っても北朝鮮の現体制を維持するしかない。それゆえ、金正日総書記が訪中した際、金正恩氏後継問題に対して反対であっても中国側が了承せざるを得ない事情を理解して頂けると思う。

求められる自由市場の拡大と世界的世論

 金日成、正日親子が北朝鮮に何をしたかといえば、戦争と飢饉で700万人という国民の命を奪い、いまだに国民の大勢を飢えと苦しみに追いやっていると既に述べてきた。しかも、労働党貴族と人民との生活の違いは月とスッポンである。2009年時点でのある統計によると、北朝鮮人は韓国人より平均寿命が16年短く、男子の平均身長は約15.5センチ低いという。これは北朝鮮の食糧事情や環境がいかに劣悪であるかの証左に他ならない。

 北朝鮮の悲惨な現実は想像を絶するものだが、金正恩政権になっても改革・解放を行うその期待は持てない。しかし、いま北朝鮮に芽生えている自由市場の動きは人民による人民のための生活手段であり、周辺諸国も人民を救う環境づくりに起ち上がるときだ。韓国は北朝鮮の「市場拡大に協力する用意がある」と言い、世界は金王朝から人民の自由市場に関心を寄せている。

 これまでの金日成、金正日の神格化と独裁体制を止めるには、自由市場の拡大と対南革命路線の放棄、世界的世論の形成である。これまで、人権抑圧を重ねてきた金親子であるが、いまだに金日成初代主席への崇拝熱が高い人民がいないわけではない。しかし、韓国などからの情報によると彼らの大勢は金体制離れを起こし始めていると言う。

世襲で軍事優先を宣言

 世界は金正恩氏の北朝鮮世襲問題に対して、大方の意見は反対である。既に述べてきた通り、北朝鮮人民の悲劇を見て賛成を唱える人はいないであろう。世界で唯一の共産党独裁体制をつくった中国でさえ権力世襲は排除しているというのに。

 しかし、北朝鮮は金正恩三代目体制を着々と固めつつある。三代目体制を確立するには軍の力が必要であるが、軍の「大将」という肩書きでデビューした。金正恩氏は北朝鮮による軍事優先である象徴として「先軍思想」「核開発」を継承するとの姿勢を示している。

 東アジアの平和と安定には、中国の暴走をいかに抑え、北朝鮮という馬賊国家とどううまく付き合うかという視点が欠かせない。現実的には核を保有する北朝鮮の再生は、他国がとやかく言って解決できる問題でもない。今後の北朝鮮問題は、あくまで人民の意志と市場の拡大に期待するしかない。それゆえ人民の動きに同調する日米韓経済がいかに協力できるかに解決の鍵があるといえよう。 

 次回は11月11日(木)です。