山本善心の週刊「木曜コラム」 今週のテーマ     北朝鮮の韓国砲撃

2010年12月02日

11月23日午後4時過ぎ、筆者は好天に恵まれた静岡県川奈海岸近くを散策していると、突然、国際政治に精通する友人の宝石業経営者から、「北朝鮮から韓国側に200発近い砲弾が撃ち込まれた! 北朝鮮の意図と日本への影響が心配だ」と興奮気味に電話がかかってきた。

テレビでは、韓国・ヨンピョン(延坪)島が砲撃を受け、直後に発生した山火事、全壊した家屋、逃げまどう住民たちの様子が鮮明に映し出されていた。

先の哨戒艦撃沈事件に次いで、北朝鮮から無差別砲撃を受けたことに韓国世論の怒りは収まらない。ニュースで金泰栄国防大臣(この2日後に辞任)が「戦争に準ずる状況」と述べた。ただ、筆者の直感として二度にわたる軍事攻撃を受け、民間人まで殺されていながら韓国側から報復や反撃が弱く、やられっぱなしとの印象が否めない。

韓国中央日報は11月21日、金正日、正恩父子は黄海南道龍淵部近くにある攻撃部隊を視察したと報じた。金父子は韓国の哨戒艦撃沈事件にも深く関わった人民軍第四軍団の金格植軍団長(大将)にも事前に会っている。あくまで推測の域を出ないが、今回の砲撃を直接指揮したのは金父子であろうとの思いは一つだ。

金父子は、わざわざケモリの海岸砲部隊にまで出向いたのは、絶対的な権力を持ちながら、部隊への士気高揚に加え、軍の忠誠心などかすかな不安の確認もあったに違いない。これらの海岸一帯には推定1000門以上の長距離海岸砲を配置しており、海岸砲は射程27キロに届くとされている。

北朝鮮の砲撃陣地は海岸の絶壁をくりぬいた岸壁内に配置され、韓国側からの攻撃はどこを攻めればよいのか難しい、というのが軍事専門筋の意見だ。一方でF15、F16最新鋭戦闘機のミサイル攻撃が最も効果的とみられている。

北、二次、三次砲撃の可能性も示唆

韓国では民間人に犠牲が及んだことで北朝鮮に対する世論が悪化、その矛先が李明博政権に向けられ、対応が生ぬるいとの批判が続出する有様だ。今年3月に韓国の哨戒艦が撃沈されて以来、世論の動向を踏まえて、李明博大統領は安全保障関係閣僚会議を緊急招集した。李氏は前回同様、「断固たる措置」を講じると表明した。

一方、北朝鮮は金正日総書記の後継者に確定した金正恩氏の実績作りも兼ねて、軍事的な威嚇を示唆する必要もある。さらに、北は28日から黄海で行われる米韓合同軍事演習如何で二次、三次の報復攻撃の可能性もあると示唆した。また、民間人を犠牲にすることも視野に入れた住宅地への露骨な攻撃は韓国への挑発をエスカレートさせている。

砲撃の背景とは

これら砲撃目的の背景とは、北朝鮮が韓国を攻撃すれば国際世論の反発を招くが、中国が調整役に徹し6カ国協議に持ち込むのは中北両国の常套手段だ。北朝鮮は最も経済援助を受けていた韓国から断絶され、わが国からも安倍内閣時代に北朝鮮への経済制裁が実行された。今や北朝鮮は孤立状態にあり、中国一国からの経済援助でまかなわれている。北は絶体絶命のピンチにある。

金正日氏は体制の堅持と国内の不満分子を抑制する手段として米国と直接話し合って金後継体制を認知してもらいたいのが本音だ。北の対米接近は中露が反対である。北朝鮮は中露にとって米韓と境界を接する軍事拠点であり、中露の軍事管理上、きわめて重要な地域だ。

現今、国内に広がる食糧難と餓死者の増大で北に大暴動が起こらないとも限らない。これらが軍にまで及んでいるとすれば国内事情は深刻である。ここまでくると、反日、反米に矛先を向けても効果に乏しく、すべての原因は金正日体制にあると大方の人民は思い始めている。

これらを勘案して国内外にアピールする手段として韓国への挑発・攻撃に踏み切るしかなく、金正日氏は韓国砲撃を断行した。こうして北朝鮮は持ち得る手駒のウラン型核開発と韓国砲撃の二枚のカードを使い切ったのである。

金正恩登場で北の暴走

今後、北朝鮮は核兵器小型化への加速と小型核ミサイル実験が本格化すれば怖い。核の実用化は後継者・金正恩氏の権力固めに役立ち、核の小型化は韓国に対して最も効果的な威嚇手段となろう。北朝鮮が一人前の国家として認知されるには核が使えることだ。

韓国政府筋の話によると、北の核兵器小型化が完成すれば、韓国も核開発が視野に入ることになるという。しかし同時に、「北が言う軽水炉建設には疑問があり、核心部品をつくる技術があるのか疑問だ」とも語っている。

韓国を砲撃する北朝鮮の暴走は金正恩氏が後継者にデビューする祝砲であり、世界の注目を集めるパフォーマンスだ。砲撃という強行手段は軍事力の誇示と存在感をアピールする狙いがある。中国は早速6カ国協議の再開を呼びかけているが、これらは核廃止の話し合いではなく、平和協定とか経済援助の場に目的がすり替わるので、米国も韓国も今後6カ国協議の参加は見合わせたいと思っていよう。

中国の対北援護を正当化

これら6カ国協議の再開は中国の楊潔?外相が日韓米に働きかけたものだ。中国の環球時報は、24日付で「北と韓国が互いに砲撃し、双方とも相手側が先に手を出したと主張した」等真実を伝えない「嘘」の報道ばかりだ。

中国は北の報道を引用して、「韓国軍は度重なるわが軍の警告を無視して北の領海に向けて数十発の砲弾を発射したため、朝鮮人民軍が反撃した」と北の報道をそのまま掲載している。中国は米国を2国間交渉の場に引き出そうとしているが中国の調整役に米韓は不信を抱いている。かつての6カ国協議も議長国中国の北寄り調整は何ら進展しなかった。

北朝鮮の問題は中国が仲介しても、何も解決できず結局は、北側を擁護し、援助を求めるための6カ国協議であって、今さら再開しても同じことの繰り返しだ。しかも北朝鮮と中国は韓国・延坪島への砲撃は韓国が先に砲撃したので北が反撃したと明らかな嘘を平然と報じている。しかし、香港の電子版やネット報道は「韓国が先に北を撃つことはない」と論評した。

お粗末な北の通常兵器

北朝鮮の砲撃を受けて、28日から米韓合同演習が韓国西方の黄海で実施された。今後二度、三度にわたり北が韓国に砲撃を加える場合を想定しての協調体制づくりだ。しかし今回の北朝鮮の砲撃は150発以上も打ち込んであの程度というきわめてお粗末なものであり、局地的な爆弾で、北の通常兵器の底が垣間見えるものであった。

いまや北朝鮮は経済的に壊滅状態にあり、軍事力の維持にかかる費用負担も難しいのが実情と聞いている。大砲やロケットも一世代前の旧式兵器でその威力は失われていよう。しかも、米軍の無人偵察機やスパイ衛星によって北朝鮮の兵器が集結する所在地は完全に掌握されている。

韓国軍の近代兵器は北とは格段の違いで、いざ戦争になれば数日間で北の陣地は全滅だ。とはいえ、今回の韓国軍は即応体制が万全ではなく、有事対策に改善されていなかった。そのうえ韓国軍の将兵らの対北士気が大きく後退しており、立て直しが急務だ。

北への制裁で日米韓が結束

ここにきて、北朝鮮は世界から完全孤立の状態にある。6カ国協議であれ、核開発であれ、あらゆる持ち駒をさらけ出し、破れかぶれの砲撃を加えてきたが、限界に近づきつつあるようだ。中国は北の現状維持にあらゆる援助を行い、あの手この手で北を擁護している。

米国政府は今回の砲撃には強い口調で北朝鮮を非難した。日米首脳と李明博大統領らは電話会談を行い、日米韓が国際社会を結集し、北への制裁強化を加えることで一致。また日米韓は北と友好を維持する中国では北への説得を果たせないと断定。米国オバマ大統領は今回の件で激怒していると言い、黄海での米韓合同演習で原子力空母ジョージ・ワシントンを出動させた。

一方、韓国軍は北かやられっぱなしの攻撃を受けてきたが今後は同量以上の兵器で応戦する交戦規則を取りまとめた。韓国黄海上5島の軍備増強の拡充に力を入れ多連装ロケット砲やレーダーを新たに配備、補完を進める。

わが国は菅直人首相を本部長とする対北対策本部を設置。しかし朝鮮半島有事に備えた米軍と自衛隊の協力関係や後方支援体制への備えに対する動きが見えてこない。それどころか、政府は日本の安全に影響を与える周辺事態法の適用を早々に見送っている。わが国の安全に関して言えば、有事への備えはむしろ後退しているのが現実ではなかろうか。

次回は12月9日(木)です。